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えっ冨田選手まで
日時:2008/11/08 16:36
名前:ショック
体操男子の日本のエースで、04年アテネ五輪団体総合で金、08年北京五輪は同種目で銀メダルを獲得した冨田洋之(27)=セントラルスポーツ=が今季限りで現役を引退することが8日分かった。15日に開幕する豊田国際(愛知県)、12月のワールドカップ(W杯)シリーズには出場する予定。(毎日新聞)

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そうは思えませんけれど ( No.3 )
日時:2008/11/08 18:40
名前:asou
関係者を名乗る方相手に、素人考えですが・・
メダル圏内どころか、世界の十二以内も危ういというのは、いかにも煽りが入ってそうで・・失礼ながら・・
北京五輪の団体決勝で日本のAスコアは決して低くはありませんでしたよね?
上から数えて三番目だったはず。中国の次にAスコアの高かった韓国はどうなりました?団体でメダルを取っていませんよ?
そして団体で銅メダルを取ったアメリカチームのAスコアは下から数えて二番目でしたが?
AスコアもBスコア(Dスコア、Eスコアになるのでしたっけ)もどちらも大事だっていう当たり前の結論しかないと思いますけれど。

団体で十二位以内に入るには、六種目強化をするのは当たり前のこと。
種目別重視にしたりしたら、かえって層を薄くしてしまいませんか?
それに個人総合のメダルは狙い目というか、取りやすくなると思うのですけれど。

素人が生意気を申し上げました。


この日が来たか ( No.4 )
日時:2008/11/08 19:14
名前:ますみ  <VFG16603@nifty.ne.jp>
URL:http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/
好きな、大好きな選手が引退することは仕方ないことです。でもついにこの日が来たのか。思えば彼が高校3年の夏、高松で見惚れ、あれから10年。
間にテロで2001世界選手権派遣中止もあった。しかし東アジア選手権(2001年の)あの鮮烈なデビュー。

10点満点制度がなくなったとはいえ、それでも彼は彼なりにすばらしい人でした。
せめて、北京で「あの吊り輪のアクシデントがなければ」でした。

彼はやるだけのことをやったのでしょう。きまじめで美を追求して
おのれの極限まで体を使った彼、27歳までご苦労さまでした。

西川選手、加藤沢男選手の流れをくむ選手だった・・

引き際も美しかったといえるかもしれません。

でもコーチとして、指導者としての道を追求してほしいのです。
また一人 ( No.5 )
日時:2008/11/08 21:26
名前:タミさん
宿直室のテレビのニュースで見て愕然としました。また一人美しい体操の伝承者が去ってしまうんですね。あの体操に対する真摯な姿勢、姿勢欠点の極めて少ない美しい体操。大好きでした。さみしい限りです。個人的には、冨田選手はベラルーシのイワンコフ選手と体操のが似てるなあと思いました。床、跳馬がそれほど得意でないが、その他の種目は種目別ファイナルに残るくらい強い。オールラウンダーとしても世界トップクラス。美しい体操。体操の美しさはイワンコフよりさらに上です(^-^) 今まで本当に素晴らしい演技を見せてくださってありがとうございました。
信じられません ( No.6 )
日時:2008/11/08 23:21
名前:BanBanBan
東京の世界選手権くらいまでは頑張っていただけると思っていたのですが・・・
残念でなりません  信じたくありません
でも本人が決めたことですから仕方がありません。
あの倒立の美しさは旧ソ連のアルティモフ選手以来見たこともないものでした。
メルボルンで31年ぶりに日本人チャンピョンになったときがピークでしたね。
ありがとう、とまた鹿島選手引退と同じセリフですが。
PS 日本のあん馬とつり輪はどうなるのか・・・
内村選手、田中(和)選手、田中(祐)選手、山室選手、坂本選手、沖口選手、星選手、中瀬選手、またナショナル予備軍の選手は死ぬ気で頑張って中国に勝ってください。ロンドンはあっというまにきますよ。
お疲れ様でした。これからも応援します。 ( No.7 )
日時:2008/11/09 00:23
名前:ジョージア
もう一年彼の演技が観られそうだとほっとはしていましたが、やはり自らピリオドを打ってきましたね。

 難度の高低に関わらず、一貫してみられる完成度の高さは、これぞ本物の体操だという素晴らしいものだったと思います。今まで基本技だけで惹きこまた選手はというと、ほんの数名を挙げるのみとなってきます。

加藤沢男さん、アルティモフ、モギルニー、ビロゼルチェフ、李敬etc。個人総合チャンピオンとして輝けた者とそうでない者もいますが、美しさを追求した彼らの技術はA難度技からして他の追従を許さない技術を持っていました。

 現在彼らに比肩するほどの技術を持つ選手がいて、しかもそれが日本選手であることの満足感。ここ数年間は本当に観る側の欲求を満たしてくれました。

 彼が空間に描いた残像を脳裏に刻み付けられた私たちは幸福だとさえ思えてきます。富田選手、君が放った輝きをずっと忘れないでしょう。
荻原健司のように ( No.8 )
日時:2008/11/09 07:21
名前:ますみ  <VFG16603@nifty.ne.jp>
URL:http://homepage1.nifty.com/jibiaka50/
ノルディック複合の荻原健司選手は
何度も何度も世界選手権にメダルを取ったりWCに優勝したり、そして五輪でも
2回団体優勝しながら「どうしても個人の五輪メダルに手が届かなかった」

笠松茂選手も・・西川大輔選手も・・

ふとそういうすばらしかった選手やチャンピオンを思い出しました。

団体を引っ張れる真の男だった。

私は高校の時から彼の10年を見れ、そしてたかこ姫と「冨田選手が見たい」ご縁で高知まで日本選手権にいけ国体にも行け、姫とあって幸せでした。

その間テロもあった、世界選手権派遣中止もあった。
世界選手権アナハイムで「また4位から一挙に3位」もあった。
アナハイムのインターネット中継を必死で聞いてた。朝起きてアテネ五輪の
団体で号泣した。

幸せな10年でした。

お疲れ様でした ( No.9 )
日時:2008/11/09 10:32
名前:toto
冨田選手、お疲れ様でした!そして感動をありがとう!
美しい体操ができなくなった・・・泣けた ( No.10 )
日時:2008/11/10 23:17
名前:BanBanBan
ネット上のインタビュー記事を読むと泣けてきました。
納得できる体操ができなくなったと。
真の求道者でしたね。
晴れやかな表情が余計哀しいような・・・
ただこの数年衰えを自覚していたのですね。
私もあえて書きませんでしたが、オーフスの予選あたりから何となく着地が乱れたり、跳馬ではドリッグスが安定せずアカピアンを跳ぶことが多くなっていましたね。でも2007年にはおそらく相当無理をしたと思いますが、Aスコアを相当あげて挑戦していましたね。(ゆかの3回ひねり、あん馬のD前移動、つり輪の十字倒立・ホンマ中水平・バラバノフ、平行棒の屈伸ベーレ・ドミトリエンコ、鉄棒のアドラーひねり+ヤマワキ・シュタルダー1回ひねり大逆手など・・)
私たちは見ていました、美しさだけでなく挑戦していく姿も。
全日本選手権のゲスト解説でしたが若手の活躍をみてそろそろまかせようと思ったのか、とも思います。(思いたい?)
まだ冨田選手のようなオーラがある選手はいませんがきっと成長していってくれるでしょう。
お疲れ様でした ( No.11 )
日時:2008/11/13 00:27
名前:たかこ@管理人
最初に聞いた際の感想は「まだ1〜2年はトップでやれるじゃん!」でしたが、
引退の時期を決めるのは選手自身ですよね・・・。
しかし、全日本のゲストの時には、決まっていたのかなぁ。
それとも、あの試合を見て決めたのかなぁ。そこは気になりますね。

しかし、塚原選手より先に引退するとは!
勝手な解釈ですが ( No.12 )
日時:2008/11/17 00:31
名前:GoMa
「美しい体操が出来なくなった」


この言葉には、体力の衰えの問題ではなく
体操競技で「人(国)に勝つ」ために求められているものが
変化した事に対する、無念さが表れているのでは、と思いました。


そこそこの実施で出来る高難度をたくさん行った者勝ちのルール。
己の持つ体操を極限まで研鑽して行う演技では、勝てない。


しかしルールに対しての不満を言う事はなく、
冨田選手は立派に戦い抜いたと思います。
ただ自分にはどうしても、
今の「なんとなくつまらなくなった」体操競技のルールの犠牲者としか・・・


Aスコア(Dスコア)強化、という言葉に最近怒りすら感じています。
全日本でも、何人の怪我人や体の故障が出たか。
体操は、人を壊すためにものじゃないはず。


と、個人的感情を書きなぐってしまいました・・・

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